Kiwanis stories

While you wait for you next edition of Kiwanis magazine, keep in touch by signing up for the monthly email newsletter, Kiwanis International Update.

The Kiwanis International Update is a monthly email newsletter that delivers global stories about successful and impactful club activities, news and announcements. Through the KI Update’s content, we hope you feel a deeper pride in your organization, find helpful ideas and resources, and connect and interact with the Kiwanis International Office. Though automatically sent to club and district leadership, any member may subscribe to the newsletter, which is produced in English, Dutch, German, Italian, Spanish, French, Chinese and Japanese.

We encourage you to subscribe to the newsletter, or send us your stories!

Recent posts


  • 共通の糸

    3 27, 2017

    彼女の黒とゴールドで彩られた手動式シンガーミシンは本当に「歌う」というジョアンナ・タラバキー
    彼女の黒とゴールドで彩られた手動式シンガーミシンは本当に「歌う」というジョアンナ・タラバキー

    メレ湾のビーチ・バーにある屋外座席エリアにあるテーブルを2つ3つくっつけて、8人が座れるようにしました。7人はニュージーランドから、1人はアメリカから来ました。女性4人がテーブルの端に陣取りました。もう一方には男性3人、女性1人座りました。彼らの周りで砂にまみれて日向ぼっこをしている人達とは目的が違い、このグループは仕事の話をするためにこのバヌアツのバーに来たのでした。男性陣はニュージーランド・ロータリーの人達です。バヌアツ訪問中、「スレッド・アクロス・ザ・パシフィック(太平洋をまたぐ糸)」の事を耳にしました。これは、彼らと同じニュージーランドのキワニスと連携して行われている裁縫プロジェクトです。男性陣の1人はジャーナリストで、ニュージーランドのキワニス会員でスレッド・アクロス・ザ・パシフィックを運営しているキャロライン・メイソンをインタビューするためにやってきました。プロジェクトについて話している間、テーブルの向こうの端に座っている女性陣は何やら頭をひっつけて話しています。大事なことについて話しています。エキサイティングなことについてです。ポテトチップスとピザを食べながら話が始まります。

    「幅700って言うんだったら、700ないといけないわよ。」

    「そうね。大丈夫。引きひもが必要ね。」

    「たぶん、ジャネットならこの仕事ゲットできるわよ。 大仕事になるわね。」

    「あの人達がかばん1つ1つにホテルのロゴをステンシルで貼るのよね?」

    話は続きます。みんな早口で話し、お互いの話が終わるのを待たずに話し始めています。

    「この仕事を彼女ができたら、彼女にとってすごいことになるわね。」

     ビーチでのファッションショーで自分達の作品を披露するバヌアツの人達をご覧ください。
    ビーチでのファッションショーで自分達の作品を披露するバヌアツの人達をご覧ください

    「そうね。」
     
    時速およそ282Kmにも達する熱帯低気圧「パム」は、南太平洋のバヌアツの島々を襲った自然災害の中でも最悪な災害の1つでした。キャロライン・メイソンは、ニュージーランドの友人達が縫った750枚のキルトを届ける時に、2015年の災害による荒廃の様子を目の当たりにしました。それ以外にも目にしたものがありました。「1人の女性が私を彼女の小さなご自宅に案内してくれました。そして、塩を含んだ泥だらけの川が彼女の家の中のものを洗い流し、彼女の手動ミシンを壊したと説明してくれました。」と、メイソンは思い起こします。「泥だらけになりさび付いたミシンの映像が、帰宅後も頭から離れませんでした。」 そして、彼女は、何かもっとできることはないかと考え始めました。

    そうすると、色々なことができることに気が付きました。

    キャロラインは、ニュージーランドのキワニアンが20年以上もバヌアツに、教科書から学校用の家具まで様々なものをコンテナに積んで送っていることを知りました。彼女は自分もその一員になりたいと思ったのです。そして、彼女はニュージーランドのマタマタ・キワニスクラブに2016年1月に入会しました。現在彼女のスレッド・アクロス・ザ・パシフィックの道具もコンテナに積んでもらっています。すべてバヌアツに輸送されます。3,200kmもの長い距離を航海します。

    「ニュージーランドのキワニス会員の皆さんはとても寛大で、スレッド・プロジェクトのためにコンテナのスペースを必要なだけ確保してくれるんです。」と、彼女は言います。「また、ポートビラ(バヌアツ)キワニスクラブも、驚くほど支援をしてくれます。入港から税関を通るまでの工程を済ませ、ミシンと荷物を私達がワークショップを行うまで保管してくれています。」

    また、ニュージーランドの友人達も計り知れない時間を費やして手伝ってくれるらしく、仕分け、積み上げ、荷造りを行い、バヌアツへの運搬に備えてくれます。そして、バヌアツでは、ニュージーランド人現地居住者のコミュニティの人達が協力し、荷を解き、仕分けし、積み上げて保管します。小さな手助けの1つ1つが、このような大きいプロジェクトの成功には必要になってきます。...

    Full story
  • 1日にアップル1つ

    3 24, 2017

    革新的なiPadのプログラムが手術前の子ども達を落ち着かせます。

    最近では子ども達がiPadやスマートフォンの画面に釘付けになっている光景は珍しくありません。テクノロジーは長旅やレストランで役に立ちますが、アラバマ・キワニスクラブは病院でも役に立つことを発見しました。ホームウッド=マウンテン・ブルック・キワニスクラブ会員であるジャスティン・フィンチャーは、恐怖におびえて大声で叫んでいた子どもを見ました。その後のことです。チルドレンズ・オブ・アラバマ(Children's of Alabama:アラバマの子ども達のもの)という小児健康システムがiPadプログラムをベンジャミン・ラッセル病院で発表しました。このプログラムは若い患者が手術の前に楽しんで気を紛らわすことができたらと、立ち上げられました。

    「私は手術室で手術の準備をしていました。手術台の上で泣いている小さい子どもがいました。」と、チルドレンズ・オブ・アラバマで手術のインテグレーションエンジニアをしているフィンチャーは言います。「何とか落ち着かそうとしました。お父さんとお母さんから離れたということを考えさせないようにしていました。最終的に、看護士さんがiPhoneを渡すと、すぐに気を紛らわすことができました。そこで、『私達がこういうことをできるはずだ。執刀医には55インチのスクリーンが用意されている。子どもが待っている間に、そのスクリーンにアニメを映すことだってできるんじゃないか。』、と思っていました。」

    アニメを手術室のスクリーンに映す代わりに、病院はゲームやテレビ番組をインストールしたiPadを用意し、患者が手術台で麻酔で眠るまで楽しむことができるようにしました。フィンチャーは以前スタッフが自閉症の患者さんを手術に備えるのに大変な思いをしていることを思い出しました。

    「その患者さんに点滴を打とうとしていたのですが、ベッドのシーツに隠れてどうしようもなかったのです。」と、フィンチャーは言います。「iPadを手にして私はその患者さんのほうに歩いていきました。そうすると、シーツの中からすぐにその患者さんの手が出てきました。」

    iPadはその患者さんを落ち着かせ、看護士が患者さんを手術に備える間全く抵抗しなかったのです。「私達の目標は、薬を投与する子どもの数を減らすことです。」と、フィンチャーは言います。「そして、このプログラムで確実にその数は減りました。」

    ホームウッド=マウンテン・ブルック・キワニスクラブは、このプログラムとその人気度を知ってすぐに、何かできないかと行動を始めました。クラブの15,740米ドルの寄付により、チルドレンズ・サウスおよびラウダービルディングの手術室にiPad10台ずつ追加することができました。

    決定は難しくありませんでした、とクラブ会長のジェイミー・ブラブストンは言います。

    「頭を悩ますことではありませんでした。私達はただそのアイデアが素晴らしいと感じただけです。」(敬称略)

    文:キミコ・マルティネス

    Full story
  • フィエスタ・ノチェ・デル・リオ

    2 20, 2017

    パフォーマンスの中で様々な色が舞い踊ります(サンアントニオ・リバーウォーク、フィエスタ・ノチェ・デル・リオにて)
    パフォーマンスの中で様々な色が舞い踊ります(サンアントニオ・リバーウォーク、フィエスタ・ノチェ・デル・リオにて)

    サンアントニオの夏は、アーンソン・リバー・シアターのバックステージにいるパリッとした白いシャツを着たアーロン・リオスに纏わりつきます。しかし、彼は文句ひとつ言いません。もう5年にもなります。このマリアッチのリーダーが一年で最も忙しい時期の週末をここサンアントニオ・リバーウォークで行われるキワニス・プロデュースのフィエスタ・ノチェ・デル・リオ・ショーに捧げてくれています。

    ミュージシャンとして彼は、人々が夢中になる魔法のような音楽を提供することに情熱を注いでいます。そして、このショーはまさに彼の望んでいることが詰まっているのです。そして、それはお返しという意味もあります。だから、彼はそこにいるのです。夏の熱気の中汗ばみ、ステージに立つ準備するのです。

      フィエスタ・ノチェのミュージシャンは観客をメキシコ、アルゼンチン、カリブ海、スペインやテキサスのカルチャー・ツアーに案内します。
     
    フィエスタ・ノチェのミュージシャンは観客をメキシコ、アルゼンチン、カリブ海、スペインやテキサスのカルチャー・ツアーに案内します。

    「何か理由があって起こったことの一つに過ぎないです」と、リオスは言います。「私のお返しする番だったのです。」

    2009年、リオスの息子は未熟児として生まれました。彼の息子を我が家に迎えるまでの2か月間、入院しなければなりませんでした。その間、子どものための様々な組織がリオスの家族のサポートに駆け付けてくれたそうです。

    「私達に何も訊かず、しかも私達が援助対象者であるかもチェックせずに、助けてくれる人達を見て、自分の小ささを感じました。」と、リオス。「毎日、電話をくれたり、家に来てくれたり、私達の安否を気遣いそして、何か出ることはないかと聞いてくれたのです。私がこのショーが何のために行われるか理由を聞いた時、参加への躊躇は全くありませんでした。」

    アラモ・キワニスクラブ・チャリティーは、フィエスタ・ノチェ・デル・リオを1957年からプロデュースしており、275万米ドル以上の資金を、リオスと彼の妻のサポートを行ったような地元の子どもチャリティーのために調達してきました。また、サンアントニオ・キワニスクラブ会員はスポンサーを用意したり、チケットを販売したり、ショーを盛り上げたりと自分達のサポートを加えてくれます。

    このショーは、元々リバーウォークに訪れた人達のために作られ、「サンアントニオのファーストレディー・オブ・ソング」と呼ばれた伝説のロジータ・フェルナンデスをフィーチャーしました。60年の間、イベントは伝統的でフォークなプログラムからチャロの振り付けを担当した振付師のフィリペ・デ・ラ・ロサと共にテハノ的なショー、またはラスベガス的なショーになりました。

    「私達は観客の皆様をツアーにつれていくのです」と、エリザベス・“リサ”・サンチェス=ロペスは言います。彼女は25年このイベントに関わっており、最初はダンサーでしたが、振付師、歌そして、最終的に1995年にはショーのディレクターになりました。

      フィエスタ・ノチェのミュージシャンは観客をメキシコ、アルゼンチン、カリブ海、スペインやテキサスのカルチャー・ツアーに案内します。

    最初から最後まで、アーンソンのステージはカラフルなドレスとコスチュームで彩られるだけではなく、プロのパフォーマー達が地元地域を代表する文化的・伝統的に富んだものを披露してくれます。フラメンコ、タンゴ、サルサやカリブ海の音楽、そしてカントリーやウェスタンミュージックがテキサスの暑い夜を埋め尽くし、リバーウォーク・ツアー・ボートがそばを通り、観客の皆様がパフォーマンスに参加します。

    「間違いなく20米ドルを払う価値はあります」と、サンチェス=ロペスは言います。「ニューヨークから来てくれる方がいるのですが、ブロードウェイと同じくらい良いと言ってくれています。」

    でも、ここのパフォーマーは、ブロードウェイほど稼いではいません。ショーに参加することは、大変な事です。パフォーマンスは毎週金曜日と土曜日の夜で、5月から8月行われます。オーディションが12月にあり、1月からリハーサルが始まるのです。それでも、ダンサー、歌手、そしてミュージシャンはリオスのように帰ってきてくれます。
    くる年もくる年も。

    リオスと彼のバンドメンバーは、週末であればいつでも、このイベントで稼ぐ4倍は稼げるはずです。でも、5年たった今でも、このイベントに参加してくれており、辞めるつもりはないようです。

    「このイベントの裏にある目的がなければ、同じようなレベルでの尽力があるかどうかはわかりません」と、サンチェス=ロペスは言います。「彼らが成功を見たいと思うのは、目的があるからです。」...

    Full story
  • 希望は浮かぶ

    2 20, 2017

    OliviaRose

    オリビアローズの絶叫が響き渡ります。彼女の母親と祖母が彼女を抑えようとしていますが、なかなか成功しません。オリビアローズが意図的にやっているわけではありませんでした。そして、誰も彼女を攻める人はいません。見知らぬ人が電動のこぎりを持って彼女の側に立っていました。電動のこぎりはまさに使用されようとしていました。電源が入ると、オリビアローズの叫び声がさらに響き渡りました。彼女の母親がぬいぐるみを彼女に渡しましたが、元気な気の強い1歳7か月のオリビアローズは、そのぬいぐるみを床に投げ捨てました。

    オリビアローズの周りの大人達は笑顔で話をしていました。まるでその状況は見かけだけおしで大したことはないと思いこんでいるようでした。事実、これはマサチューセッツ州ボストンのダウンタウンにあるタフツ・メディカル・センターの子どもフローティング・ホスピタルのキワニス小児外傷専門機関の中では、全く普通の光景でした。

    オリビアローズはギブスを外されるところでした。彼女が思っていたよりものこぎりがうるさくて怖かったようです。10分も経たずに、オリビアローズは、落ち着きを取り戻し、両足に体重を十分にかけて立っていました。彼女の腰から太ももを覆っていた真っピンクのギブスはもうなくなっていました。

    オリビアローズは、彼女の家の私道で車にはねられ、子どもフローティング・ホスピタルに運ばれて来ました。大腿骨を骨折し、3日間入院しました。その間キワニス小児外傷専門機関と子どもフローティング・ホスピタルの特別な看護を受けました。

    キワニス小児外傷専門機関(KPTI)は、1981年にキワニスのニューイングランド地区とタフツ・メディカル・センターの子どもフローティング・ホスピタルとのパートナーシップとして始まりました。病院の小児救急科では、オリビアローズのような子ども達は、最上級の看護を受けることができます。ここは、米国外科学会によりレベル1小児外傷センターに位置付けられています。このような施設の需要はかなりあります
    。外傷はほかの病気を合わせた中でも、子どもの死因及び身体的障害の原因のトップに入ります。

    オリビアローズの祖母であるリサ・トリジアンは、彼女自身が病院で受けたサービスを称賛しています。

    「皆さん本当に良くしてくださいました。」と、トリジアンは言います。「事故の後私達は特別なチャイルドシートを用意しなければいけませんでしたが、病院のソーシャルワーカーとKPTIがチャイルドシートを無料で手に入れることができる商品券をくださいました。看護士の方々には私達が宿泊できる部屋を取っていただき、昼食券までいただきました。」

    キワニス・ケア
    アン・ケリアーとレスリー・リドー
     アン・ケリアーとレスリー・リドー
    レスリー・リドーは、オリビアローズが子どもフローティング・ホスピタル入院中にしっかりとした看護が受けられるようにする責任者でした。KPTIの小児外傷看護士コーディネーターであるリドーは、多忙な女性です。彼女の仕事は多岐にわたります。家族への気配り。今後起こりうる外傷について家族に説明する。診察内容の記述、家族訪問、適切な患者用チャイルドシートの確保、自転車用ヘルメットの配布やその他安全情報の提供など様々です。

    リドーは、彼女の仕事が大好きで、15年もここで働いています。この病院の初期の、まさにフローティング・ホスピタルの時の話を自慢げに話してくれました。

    初代ボストン・フローティング・ホスピタル
     初代ボストン・フローティング・ホスピタル
    「夏の数か月間だけ出航していました」と、彼女は言います。「患者とそのご家族は乗船していただけます。多くの人達が潮風は治療に効くと思っていました。」

    フローティング・ホスピタルは、1894年に病院船として設立され、ボストン港を曳航されました。初年度には1,000人以上の子ども達に奉仕しました。そして、その歴史が進むにつれ、キワニスとのパートナーシップも水上で始まります。キワニス会員であり、ニューイングランドのキワニス財団の元会長であるハロルド・“ハップ”・ゲリッシュは、メイン州の歯科医で、ほかのキワニス会員と乗船していました。そこで、小児患者に何かできることはないかという話になりました。

    「小児外傷に関するリサーチでは、何も行われておらず、彼らはリサーチにとても興味があったのです。」と、リドーは言います。「ボストンの病院を何軒か回りましたが、キワニスの男性陣は断られてしまいました。そして、最終的にタフツに行きつき、タフツは了承してくれました。それから、私達は35年以上パートナーとして活動しています。」

    キワニスは、このプログラムに何百万ドルも調達してきましたと、リドーは言います。現場で安全に関する重要な情報を配布し、外相に関する教育をするためのボランティアを提供するだけではありませんでした。

    「キワニスなしではここまではこれませんでした。」と、彼女は言います。「また若い人達のグループが素晴らしい。サークルKとキー・クラブが大変多くの資金を調達してくれます。そして、評価委員が、(外傷レベル1ステータス)評価に来ると、私達の強みはキワニスとの共同作業にあると口を揃えてみんな言います。このようなパートナーシップは本当に効果があり、素晴らしいとのことです。」...
    Full story
Kiwanis Magazine April 2013 cover photo